2026/07/14 17:22
「人をいたわる文化が育てた薬草茶」

「徳地は”誰でも、ただいまと言える場所”なんだよ。」
徳地で暮らす人たちと話していると、不思議とそんな言葉に出会います。
競争より共生。効率より関係性。
徳地(とくぢ)には、昔から受け継がれてきた独特の価値観があります。
その価値観を今も体現している人がいます。
山口市徳地の観光協会 会長の大乗(だいじょう)さんです。
いつも柔らかな笑顔でみんなを迎え入れてくれる大乗さんは今年で74歳になる、徳地の頼れるお父さんのような存在です。
みんなから慕われ、地域のためにエネルギッシュに飛び回る大乗さんですが、実は本格的に地域の活動を始めたのは、サラリーマンを定年退職した「60歳」からのことでした。
奇しくも、徳地のヒーローである重源(ちょうげん)上人が、東大寺再建という大事業を始めたのも同じ60歳。大乗さんの第二の人生には、徳地という土地に受け継がれてきた価値観が色濃く表れていました。
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重源上人とは
徳地の杣から東大寺再建の用材を出した僧。
現在も重源上人に関わる遺跡、伝え語りが多く残っている。
徳地の人々は今もなお、重源上人が重労働に従事した人々のために造ったと言われる石風呂に入浴する前には「ちょうげんさん、ありがとう」と手を合わせその偉業に感謝している。
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定年退職から始まった「ふるさと」の再発見
転勤族として全国を飛び回っていた大乗さんが、40年ぶりに地元・徳地へ帰ってきたのは定年後のこと。きっかけは、お母様が50年も続けていた地域の伝統芸能「人形浄瑠璃」でした。
「うちの母が50年くらいやってたので、あと何年も続けられなくなった段階で、『跡継いで』って言われたことから始まるんよ」
そこから山口市徳地の観光協会 会長へと就任した大乗さん。「さあ、徳地の観光って何なんだろう?」とゼロから向き合い、最初はボランティアで始めた観光事業を「仕事」として地域を盛り上げるため、仲間たちと歴史を学び直すうちに、あることに気がつきました。

「重源さんという歴史とか、文化があるよね。徳地って山口市内の中でも文化財が突出して多いとこなんだ。言ってみたら地域の歴史資源、自然資源っていうのが結構ある。でもそれが、地元の人は全然気が付いてないのよね」
自分たちの足元にある宝物を、まずは自分たちが面白がり、外から来る人たちに体験してもらう。大乗さんの「ふるさと再発見」の旅は、ここから始まりました。
人々を優しく包み込む、徳地の懐

大乗さんが考える徳地の一番の魅力。それは、景色や歴史だけでなく「人を受け入れる懐の深さ」です。
「やっぱり、何ちゅうかな、他所(よそ)から来た人を受け入れてくれるところだよね。誰でも、ただいまと言える場所なんだよ。」
それを象徴する、ある女の子のエピソードを教えてくれました。忙しい都会の日々に疲れを感じていた女の子が徳地にやってきた時のこと。大乗さんたちは、彼女を地域の仲間として温かく迎え入れました。
「過去のいろんなことをみんな抱え込んで生きてる。だけど、過去のことはもう消すことはできんし、忘れることもできない。けど、俺らと今の生活が良ければ、昔のことはだんだん記憶が薄くなりゃあええ」
「そうやって今、受け入れて。その子が立ち直ってくれたら、今度はあんたが、都会でお疲れの人たちが来れるような場所を作ったらええよね、って言っとる」
人を急かさない土地。
忙しい都会で少し疲れたとき、ふと立ち寄りたくなるような場所が、徳地にはあります。
その根っこには、重源上人から受け継がれてきた精神があるのかもしれません。
東大寺再建という大事業のさなか、重源上人は重労働に従事した人々を労うために石風呂を築いたと伝えられています。
偉業を成し遂げることよりも、その過程で懸命に生きる人を大切にすること。
「まず人を思う」というその姿勢は、今もなお徳地の暮らしの中に静かに受け継がれています。
徳地の価値観を受け継ぐ薬草茶
人を受け入れる文化。
歴史を大切にする文化。
自然の恵みに感謝する文化。
徳地薬草は、そんな徳地の価値観の中から生まれました。
「こないだ東京で、健康茶を扱ってくれてる人たちが来てくれたんですけど、『徳地の薬草は他と違う』っちゅうの。『なんで違うの?』とか言うて(笑)やっぱり、徳地の土と水。そして焙煎やね。徳地の薬草茶はその焙煎の仕方が違うんじゃなかろうか、と思うのよね」
現場で汗を流す組合の仲間たちの手仕事を、自分のことのように誇らしげに語る大乗さん。840年前の重源さんから始まり、カワラケツメイがあり、石風呂があり、それをずっと繋いできた先人たちがいる。
「これだけ繋いできたものの、責任感を感じるよ。」
そう語る大乗さん。
その責任感は、過去を守るためだけのものではありません。次の世代へ手渡していくための責任感でもあるのでしょう。
「みんなが集まって、何かを生み出すような地域の拠点づくりができて、それが山口県内中、日本国内に広がっていく、っていう風にならないかね」
娘が見つけた「ルーツ」と徳地の未来

この「受け入れる力」は、大乗さんのご家族にも大きな変化をもたらしました。現在、徳地薬草のオーナーを務める大乗さんの娘、望さんです。
転勤族の家庭で育ち、京都や福岡を転々としていた望さんは、かつて「私には、ふるさとがない」とこぼしていたそうです。
「『あるじゃんか』と。親のルーツは徳地やと。だったらお前も、ルーツは徳地や。」
そう伝えたものの、当時はまだピンときていなかったかもしれません。しかし、望さんに子どもが生まれた時のこと。
「生まれた子どもが、東京の水で沐浴すると、身体中真っ赤になったんね。で、徳地に帰ると、井戸水なら全然ならない、って」
これをきっかけに徳地のよもぎ茶や健康茶の力に魅了された娘さんは、徳地を自分の「ふるさと」として心から誇りに思い、この名前を全国のブランドへと育てていく決意をしました。
望さんが見つけたのは、単なる商品ではありませんでした。徳地の未来を繋ぐ可能性だったのです。
「少子高齢化でだんだん寂れていく徳地が、もしかしたら、生き残れるようになるのかもしれないなと思ってくれたんじゃないか。ま、もともと娘と酒を飲みながら、一緒に仕事の話をするのが大好物だったからね(笑)」
そう語る大乗さんの目尻は、父親としての優しさにすっかり下がっていました。
840年のバトンを繋ぐ、これからの徳地

カップ一杯の薬草茶の向こうには、840年続く土地の記憶があります。
人をいたわる文化。
人を受け入れる文化。
そして、それを未来へ繋ごうとする人たち。
徳地薬草のお茶は、そんな徳地そのものを味わう一杯です。
Writing:ヤングマンベイグ 小倉巳奈




