2026/08/20 16:50

山口県・徳地の山奥に、約840年前から受け継がれてきた「石風呂」があります。
石を積み、赤土で固めてつくられた、かまくらのような小さな空間。
中で薪を焚いて石を熱し、火を出したあと、床には濡らした稲わらとヨモギ、セキショウなどの薬草を敷き詰めます。
その上にムシロを敷き、着衣のまま横になる。
熱を蓄えた石から伝わるやわらかな熱と、蒸気とともに広がる薬草の香りに、全身が包み込まれます。
今でいう「サウナ」にも似ていますが、石風呂が徳地に生まれたのは、なんと文治2年(1186年)。
きっかけとなったのは、焼失した東大寺の再建でした。
840年前、人々を癒やすためにつくられた場所
東大寺再建のため、良質な木材を求めて徳地を訪れた重源上人。
当時の徳地では、山から巨大な木を切り出し、佐波川を使って運ぶという、とても過酷な作業が行われていました。
冷たい川に入り続ける人々や、作業で傷ついた人々のためにつくられたと伝えられているのが「石風呂」です。そして、その床に使われていたのが、ヨモギやセキショウといった身近な薬草でした。
840年も前から、この土地では植物の力を暮らしの中に取り入れていたのです。

石風呂は、やがて人々が集う場所へ
東大寺の再建が終わったあとも、石風呂は徳地の暮らしの中に残り続けました。
農作業を終えた人たちが集まり、身体を温めながら言葉を交わす。
石風呂から出した熾火を囲み、かき餅を食べながらおしゃべりをする。
もともとは人々の身体をいたわるためにつくられた場所が、いつしか地域の人たちの心までほどく「よりどころ」になっていったそうです。
現在も、その文化を絶やさないために、地域の方々が保存会をつくり、月に2回、石風呂を焚き続けています。

840年前の薬草の知恵を、今の暮らしへ
私たち徳地薬草が大切にしている「薬草のある暮らし」は、決して新しく生まれたものではありません。
840年前、石風呂にヨモギを敷いた人たちがいて。
山や野にある植物を暮らしに取り入れながら、人から人へと知恵を手渡してきた人たちがいて。
その積み重ねの先に、今の徳地があります。
私たちが徳地の森に自生する薬草を摘み、乾燥させ、焙煎し、一杯のお茶として届けていることも、その長い物語の続きを担うことなのかもしれません。
840年前から続く養生の知恵は、今もこの土地で生きています。
石風呂が生まれた背景や、今も文化を守り続ける「岸見の石風呂保存会」の皆さんのお話、そして徳地薬草へとつながる薬草文化について、noteで詳しくご紹介しています。
ぜひ、徳地の山奥に残る840年の物語を読んでみてください。
https://note.com/tokujiyakusou/n/nc8e6173762e7





